こんにちは、白桜明日香です。
春になると、「今年はどんな桜に出会えるだろう」と考えるようになりました。
桜は毎年咲く花ですが、その土地ごとに違った表情があり、見に行くたびに新しい発見があります。
今年は少し足を延ばして、岐阜県にある淡墨桜を見に行ってきました。
母と兄、そして私。
普段はなかなか三人だけで出かけることはありません。
少し不思議な組み合わせでしたが、だからこそ思い出に残る一日になりました。
樹齢1500年を超えると言われる一本桜は、想像していた以上に静かで、力強く、春のやさしさを感じさせてくれる存在でした。
🚗 淡墨桜へ向かう道も春らしい景色でした
淡墨桜へ向かう道には、少しずつ春の景色が広がっていました。
窓の外には山々の緑が見え、ところどころに咲く桜が目に入ります。
目的地へ向かう時間も、旅の楽しみのひとつですね。
「もうすぐかな。」
そんな会話をしながら車を走らせていると、自然と気持ちもゆっくりしていきました。
目的地に着く前から、春を楽しんでいたのかもしれません。
🌸 昼の淡墨桜は、静かな力を感じる景色でした

実際に目の前に立つと、まず驚いたのはその大きさです。
長い年月を生きてきた木だからこその風格があり、思わず見上げてしまいました。
支えの柱に守られながら、それでも毎年花を咲かせている姿は、とても力強く見えます。
「長く続けることって、こういうことなのかな。」
そんなことを自然と考えていました。
年齢を重ねると、無理をするよりも、自分のペースで続けることの大切さを感じる場面が増えてきます。
淡墨桜もまた、急ぐことなく、自分の時間を重ねながら春を迎えているようでした。
🌙 夜になると、また違う表情に

日が暮れると、淡墨桜はライトアップされます。
昼間とはまったく違う雰囲気で、夜空に浮かび上がる姿はとても幻想的でした。
静かな空気の中で桜を眺めていると、時間の流れまでゆっくりになったような気がします。
私たち三人も、自然と会話が少なくなり、それぞれが思い思いに桜を眺めていました。
たくさん話す時間も楽しいですが、同じ景色を静かに見つめる時間も、心に残るものですね。
🌿 樹齢1500年という時間の長さを思う
「1500年」という数字は知っていても、実際にその木の前に立つと、重みがまったく違います。
戦国時代よりも前から、毎年春になると花を咲かせ、多くの人の暮らしを見守ってきた桜。
雨の日も、雪の日も、暑い夏も乗り越えてきたのでしょう。

その姿を見ていると、自分が抱えている悩みや焦りはとても小さなものだと感じられました。
何でも早く結果を出そうとしなくてもいい。
急がなくても、季節はちゃんと巡ってきます。
淡墨桜は、そんなことを静かに教えてくれているようでした。
🌿 帰り道も、心は春のままでした
帰りの車では、
「来てよかったね。」
そんな話をしながら家へ向かいました。
景色は帰り道なのに、
行きよりも少しやさしく見えた気がします。
桜を見たからなのか、
ゆっくり歩いたからなのか。
理由は分かりません。
でも、心には確かに春が残っていました。
🌿 春を感じる時間は、心にも余白をくれる
春は何かを始めたくなる季節です。
でも、頑張ることばかりではなく、季節を感じる時間も同じくらい大切なのかもしれません。
花を眺める。
風を感じる。
空を見上げる。
それだけでも、気持ちが少し軽くなることがあります。
遠くまで出かけなくても大丈夫です。
近くの公園でも、道ばたに咲く花でも、自分が「きれいだな」と思える景色があれば、それだけで十分。
そんな小さな時間が、毎日の暮らしを少しやさしくしてくれるように思います。
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🌸 おわりに|来年もまた、大きな桜に会いに
この春、淡墨桜の前で過ごした時間は、とても静かで、心がほどけるようなひとときでした。
花の美しさだけではなく、長い年月を生きてきた木の存在そのものが、私にたくさんのことを教えてくれた気がします。
来年は、山梨県にある樹齢2000年と言われる桜にも会いに行きたいと思っています。
また違った景色に出会い、そのとき自分が何を感じるのかも楽しみです。
急がなくても大丈夫。
少しずつ季節を重ねながら、自分のペースで歩いていけばいい。
淡墨桜は、そんな春の大切な時間を届けてくれました🌸
📷 写真について
この記事で使用している写真は、実際に私が淡墨桜を訪れた際に撮影したものです。
その日に見た景色や感じた空気も含めて、「暮らしに深呼吸ラボ」の小さな記録として残しています。


