【七夕に想う】過ぎてしまったけれど、季節の行事を暮らしに🎋

ちょこっと息抜き

こんにちは。白桜明日香です。

気づけば、今年も七夕が過ぎてしまいました。

短冊も書かず、笹も飾らず、

気づけば7月も半ばに差しかかっていて。

「あ、今年もまた何もできなかったな」

そんなふうに、少しだけ苦笑いしてしまいました。


🌿「今年こそ」と思いながら、毎年こう

正直に言うと、これは今年に限った話ではありません。

ひな祭りも、

端午の節句も、

お月見も。

「今年こそは何か準備しよう」

と思いながら、気づけば当日が過ぎている。

そんなことの繰り返しです。

もしかしたら、同じような方も多いのではないでしょうか。

仕事や家事、日々の暮らしに追われていると、季節の行事はどうしても後回しになりがちです。

特別なことをしようと思えば思うほど、かえって腰が重くなってしまう。

そんな矛盾も感じています。


☕それでも、季節はちゃんと感じている

面白いもので、行事そのものは何もしなくても、季節はちゃんと感じている自分がいることに気づきます。

朝、犬の散歩に出かけると、

道端の草花が少しずつ夏らしい色に変わっているのに気づいたり。

庭のバラが咲き終わって、

そろそろ次の手入れの季節だなと思ったり。

神社にお参りに行ったときも、

境内の緑の匂いがいつもより濃くなっているのを感じると、

「ああ、もう夏なんだな」

と実感します。

そういう小さな変化のほうが、私にとっては行事そのものよりも身近な季節の便りなのかもしれません。

短冊を書くことはできなくても、

夜空を見上げて

「もう七夕なんだな」

と思うだけで、十分に季節を心に留めている気がしています。


🌱完璧じゃなくていい、と思えるようになった

以前の私は、

「季節の行事はきちんとやるべきもの」

だと、どこかで思い込んでいました。

準備を怠ると、なんだか季節に置いていかれるような気がしていたのです。

でも今は、

やらなかった年があってもいい。

そう思えるようになりました。

大切なのは、行事を完璧にこなすことではなく、

「今日はそういう日なんだな」

と、ほんの少し立ち止まる気持ちを持つこと。

そう考えると、

「できなかった」

ことも、そんなに悪いことではない気がしてきます。

むしろ、

「今年もできなかったな」

と苦笑いできることそのものが、季節を意識できている証拠なのかもしれません。


🌸おわりに|来年は、ほんの少しだけ

来年の七夕は、

短冊を書けなくても、

笹を飾れなくても、

夜空をちょっと見上げるだけ。

そのくらいの気持ちで迎えられたらいいなと思っています。

季節の行事は、完璧にこなすものではなく、

ふと思い出して、心を寄せるだけでも十分なのかもしれません。

今年できなかったこと、ありませんか?

もしあれば、それはきっと来年もう一度思い出すきっかけになるはずです🎋

季節を丁寧に迎えられなくても、

季節を感じる心だけは、これからも大切にしていきたいと思っています。🌸

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